プロフェッショナルカスタムマシン

プロの製作したカスタムマシンは、市販化されたパーツをただ取り付けるだけではない。取り付けたパーツの性能をフルに発揮できるようにセッティングしたり、細かいフィッティングにもこだわっていて、それがひいてはマシンとしての完成度の高さに結び付いているのだ。その実例をここでは紹介する。

カワサキ
Z1 by タバックスエンジニアリング

これが芸術だ!! 美しく新たな衣装に身を包んだZ1の華麗なる姿

Z1 by タバックスエンジニアリング

ページを共有

このたびタバックスエンジニアリング・田端 賢代表が逝去されたとの報が入りました。謹んでご冥福をお祈りするとともに、過去掲載記事を紹介いたします。

ここに紹介するのは1988年ごろに製作されたタバックスエンジニアリングのZ1だ。発表当初の反響は相当なもので見覚えのある読者も多いことだろう。鮮やかに輝くホワイトカラーにブルーのライン、そして目も眩むほどの輝きを放つアルミフレーム。「当時は斬新だった」と語る田端氏だが、その姿は今にしても遜色なく、その美しさは見る者を魅了して止まない。

Z1 by タバックスエンジニアリング

かつて一時代を築き上げ、日本が誇る名車として名高いZ1。「高校生のころからあこがれ続けていたノーマルのデザインを尊重しつつ、できるだけポジティブなカスタムをほどこした」と田端氏は振り返る。やはり一番の特徴は何といっても、オリジナルで作り上げたアルミフレーム。かつて鈴鹿6耐にヨシムラが持ち込んだエグリフレームのZやモリワキモンスターなど、自らに影響を与えたマシンを目標に独学で作り上げた。

Zカスタムを語る上で、なくてはならないこのタバックス/Zは、製作されてから現在まで田端氏本人のもと大切に乗り続けられ、今なお細部に仕様の変更を受けている。そのようすからは、当時持ち得たエネルギーのすべてを費やして創作した愛車への特別な思い入れを、垣間見ることができる。長年にわたりあこがれ続けていたZの魅力を、自らの手で現実のものとして築き上げた、記念すべき車両だからであろう。

カスタムポイント

円谷プロダクション公認のゴジラステッカーはタバックスエンジニアリングのシンボルマーク。田端氏自身、大のゴジラファンで幼少のころ、円谷さんと文通した経験を持つ。ちなみに今も昔もそれは変わらず、ちょうどこの車両の製作にあたった32才の当時もゴジラのぬいぐるみを作りたい一心で1ヵ月半もの間、天王寺動物園に通い詰め、ワニの表皮を目に焼き付けていたという経験まで持つ。この間、お店が開かず終いだったのはあまりにも有名な話だ。

Z1 by タバックスエンジニアリング

カスタムパーツギャラリー




人気記事