カスタムシーンには高い知名度と採用率を誇る歴史的なパーツがある。今回は豊富なラインナップからカスタムピープル掲載車両における装着率も高い『ワイセコ』のピストンにスポットをあてる。
ガレージから始まったワイセコの歴史
空冷Z系やGPZ-R系はもちろん、GSX1300Rハヤブサなどの最新スポーツモデルに至るまで、幅広いラインナップを誇るピストンメーカーの『ワイセコ』。その歴史は長く、ルーツをたどると1930年のアメリカ、オハイオ州クリーヴランドに行き着くことになる。創設者となるクライド・ワイズマンは、当初は実家のガレージを改造した小さなファクトリーで、自分と限られた友のためだけにオリジナルピストンを製作していた。しかし、そのパフォーマンスの高さから、その噂はあっという間に広まり、当時のレーサーたちの間で大好評をもたらしたという。やがてその評判は全米の数多くのレーサーやファクトリーにまで波及。かくして1941年に『ワイセコ・ピストン社』を設立するに至るのだった。
以後、ワイセコはハイパフォーマンスピストンとして世界のモータースポーツ界に一大センセーションを巻き起こし、数多くのレーサーおよびレーシングチームに輝かしい栄光を与えることになる。現在は本社をオハイオ州メントアに移し、広大な敷地内に設置された巨大なファクトリーでは、今日も数多くのレースからフィードバックしたデータをもとに、最高の技術を持つエンジニアたちが、最新の3Dデザインを駆使して、より高い強度を持つ軽量ピストンの開発に専念。二輪・四輪問わず、ATVやスノーモービル、ジェットスキーに至るまで、カリフォルニア州のサンタパウラやカナダ・オンタリオにある巨大な配送センターから、アメリカ国内だけでなく、ヨーロッパ、アジア、南アフリカ、アフリカ、オーストラリアなど、世界中に向けてハイパフォーマンスピストンをデリバリーしている。
旧車乗りを惹きつける豊富なラインナップ
ノーマル状態でも必要にして十分なパワーの出している最新スーパースポーツモデルならいざ知らず、70〜80年代の旧車と呼ばれる部類のモデルともなれば、現行車に比べてパワー不足を感じるのは無理のない話なのかもしれない。そんな旧車ユーザーや、何よりもパワーアップを求めるライダーにとって、もっとも手っ取り早くその効果を体感できるのが、オーバーサイズピストンを組み込むことによる排気量アップだ。
その排気量アップに際して、とくに旧車ユーザーたちから絶大な支持を集めているのがこの『ワイセコ・パフォーマンスピストン』。その理由は、やはりそのリーズナブルな価格設定や品質の高さもさることながら、やはり前述したようにラインナップの豊富さにあるようだ。それも、適合車種の多さはもちろん、ピストン自体のサイズの多さによるところも大きいようである。ことZ1については、もともと北米をターゲットとしていただけに、ボアだけでφ68・70・71・72・73・74・76・83㎜(958〜1,428㏄)を展開(※過去には85㎜・1,497㏄も設定されていた)。φ72㎜には圧縮比10.25:1と12.0:1の2種類が用意されている。とくに空冷Z系モデルで装着率が高いのは、このあたりの使い勝手のよさからくるのだろう。
ハイクオリティかつリーズナブルな価格
ワイセコは独自のハイシリコンアルミ合金を素材として、鍛造処理をほどこすことにより、鋳造に近い熱膨張率を見せながら、鍛造ならではの高い強度を実現している。クリアランス設定を小さくすることで、同時に扱いやすさも両立するなど、細部にはワイセコならではのこだわりが見られる。そのクオリティの高さやネームバリューから、なかには高価なイメージを持っている人もいるようだが、実際は社外パーツとしては控えめな価格設定となっている。輸入代理店を務めるPMCでは、ピストンやピストンリング、ピストンピン、サークリップ、ヘッドガスケット、ベースガスケットなどを一つにまとめたピストンキットを販売しているが、たとえばZ1用は12万6,500円〜14万8,500円。現代のチタン製フルエキゾーストマフラーの約半額で、明確な違いを生み出せる排気量アップのベースパーツ類一式が購入可能と考えれば、費用対効果の高さがわかりやすいかもしれない。
旧車や絶版車のユーザーにとっては、ある意味オーバーサイズピストンの定番パーツともいえる『ワイセコ・ハイパフォーマンスピストン』。豊富なラインナップはもちろん、比較的リーズナブルな価格設定や、そのクオリティの高さから、これからも多くのユーザーに愛され続けていくことだろう。
高強度の鍛造ピストン
素材は独自のハイシリコンアルミ合金。より高い強度と軽さを両立させるため、鋳造(溶かした鋼材を型に流して冷やして成型する方法)ではなく、鍛造(鋼材に巨大な重しを載せて圧力をかけて成型する方法)で加工。それでいて熱膨張率は鋳造ピストンに近い数値を実現しているのが『ワイセコ・ハイパフォーマンスピストン』だ。写真のピストンは左側がZ1・KZ900・KZ1000(〜80年)、右側がGSX1300Rハヤブサのモノだが、実際こうして並べてみると、ボアの大きさやスカート部の長さなど、そのピストン自体の形状の違いから、明らかにGSX1300Rハヤブサのエンジンがショートストロークの高出力エンジンであるということが容易に見て取れる。ちなみにワイセコでは、ベースとなっている車種の特性に合わせて、それぞれピストンリングの仕様を変えているそうだ。
※本記事は歴史的なカスタムパーツを紹介することを目的として、過去の本誌連載記事を再編集しています